研究内容

慣性静電閉じ込め核融合を用いたコンパクト中性子源に関する研究

 慣性静電閉じ込め(Inertial Electrostatic Confinement,IEC)核融合とは,イオンを静電ポテンシャル井戸内で往復運動させながら閉じ込め,効率的に核融合反応を起こそうとするものです.原理および装置構成がとても単純で,真空容器と高電圧電源,重水素ガス,そして放電に関する知識があれば,簡単に核融合を起こすことができることが特徴です.IEC核融合中性子源は小型で低コスト,長寿命という点において,他の中性子源に比べて優れており,商用の小型中性子源として高いポテンシャルを持っています.

 IEC核融合装置の典型的な構成を右図に示します.数Paの重水素(D2)ガスを充填した金属容器の内部に,負極性の高電圧電源につながれた球形のグリッド状電極を置き,接地された容器との間で高電圧グロー放電を起こします.電離作用により重水素イオン(D+, D2+など)が生成されると,これらのイオンは電極間の電場により陰極に向けて加速され,陰極を中心に形成されたポテンシャル井戸中を往復運動します.往復運動の過程で重水素イオンはある確率で背景の重水素ガス分子と衝突し,DD核融合反応により2.45 MeVのエネルギーをもつ中性子が発生します.単位時間あたりに発生する中性子数は中性子発生率(Neutron Production Rate: NPR)と呼ばれ,中性子源の最も重要な性能指標です.

 中性子源に求められる性能(NPR)は,利用目的(中性子イメージング,地雷探査,核物質検知など)に依りますが,IEC核融合中性子源の普及にはNPRの向上が課題とされています.IEC装置内の重水素イオンの平均エネルギーは放電電圧に,イオン数密度は放電電流におよそ比例するため,NPRの向上には投入電力の増大が有効です.しかし,イオンは核融合反応よりも高い確率で散乱や荷電交換反応を起こすため,IEC装置内で実際に生じる物理過程は非常に複雑なものとなります.

 私たちの研究室では,高出力化に適した形状として,直線上に円筒電極を同軸に配置した「直線型IEC核融合装置(右図)」を開発し,NPR向上のための技術的課題の解決に取り組んでいます.このような電極配置にすることで,外部に露出した電極から効率よく熱を除去することが可能になり,高出力化する際に従来問題となっていた電極損耗の問題を大幅に緩和できます.また,同じ電極形状を持ち壁面材質をセラミックからガラスにしたコールド試験用の実験装置も構築し,主に分光計測を行うことで装置内部の粒子のエネルギー分布を計測しています.Particle-In-Cell法とMonte-Carlo法を組み合わせたPIC-MCC法に基づく粒子シミュレーションコードを開発し,グロー放電内部で生じている様々な衝突過程を追跡し,実験と比較することでIEC装置内部の物理現象を理解し,装置の高性能化に向けた改良を行っています.